【離操刻夢メインルート プロローグ】



「離操刻夢の日常」




??「刻夢〜!おはよう〜!!」


何でもないある日の朝、学校の教室で担任が来るのを待っていたら騒がしい友人が声を掛けてきた。私の列の最前列の子、琴子だ。わざわざ最後尾の私に朝から何を話そうと言うのか…。嫌な予感がしつつも努めて冷静に挨拶を返す事にした。


刻夢「あら?おはよう琴子」

琴子「ねぇ聞いた?時間泥棒の魔女の噂?また現れたんだって〜」

刻夢「……そうなの?でも都市伝説みたいなものでしょう?」

琴子「そうでも無いわよ〜。目撃情報の姿も結構一致してるし。中、高校生ぐらいの女の子で左腕にガントレット。颯爽と屋根の上を飛び回るし空を飛んでたって話も有るの!正に魔法少女よね〜」

刻夢「…面倒だけど隠蔽魔法も併用するか…確かに情報が正確になってきてるし…」

琴子「刻夢?どうかした?」

刻夢「ううん、何でもないわ。不思議な話よね」

琴子「そうそう。目撃情報と言えば他にも小さな女の子とかお姉様とかの話も有るの。きっと毎晩街の闇夜を縫って魔法少女達の熱い戦いが繰り広げられてるのよ!」

刻夢「急に胡散臭くなったわね…。魔女と魔法少女って同一扱いなの?それに複数居るんじゃなくてやっぱり情報が曖昧なだけなんじゃない?」

琴子「え〜。それぞれの情報は一致してるから絶対複数だよ〜」

刻夢「……。そろそろ担任が来るわね。席に戻った方がいいわよ琴子」

琴子「ちぇ〜。次の休み時間には更に熱く語ってやるから覚悟なさい!」

刻夢「…遠慮するわ」

琴子「拒否権は無い!今日は延々休み時間毎に取り調べ刑事の如く語りつくしてやるわ!!」

刻夢「…琴子…私が怒ると恐い事忘れてる?」

琴子「…逆さ吊りはマジ止めて…」


流石の琴子も私を怒らせるのは不味いと判断したようでその日の時間泥棒の魔女講座はとりあえず朝の一回だけで済んだ。
琴子は噂大好きおしゃべり大好きな騒がしい子では有るが…仕入れてくる情報源は謎だが精度が高く信頼性も高い。
…ボロを出しかねないから話を打ち切ったが…やはり気になる。
情報は時間泥棒の魔女が複数存在している事を如実に現している…
それに……此処までバレてくると…


…師匠……時間を盗んでもやっぱり逮捕されるのでしょうか?…そこの所は聞いておきたかったです(涙)




学校が終われば帰宅部の私は真っ直ぐに自宅へと帰るのが基本だ。
30分程度な距離と市街地を通らないコース。
おまけに小さな山の上のお屋敷で周囲に家が無いから通学路を共にするという流れも殆ど無い。
…だからこそ…こんな家業が成り立っているとも言えるが…


刻夢「ただいま〜」


答える者は誰も居ない。
この広い洋風の屋敷に住んでいるのは私一人。
叫べば反響が戻ってきそうな広さなのだからなお性質が悪い。
今は少し寂しいと感じてしまう。以前はもう一人居たからそう感じる事も無かったが…
私を引き取ってくれた養母の師匠は…もう居ないから。


刻夢「……。さて、今日も地下のプライベートルームで宿題を片付けましょうか」


気を取り直す様に自分に言い聞かせて地下室へと向かう。
そこが私の一番のお気に入りの場所だからだ。




養母の師匠は…時間泥棒の魔女だった。
何でも離操家は代々その魔女という家業を継いでいたそうだが、師匠は夫に先立たれて子供が居ないままで世継ぎに困っていたそうだ。
そこで、孤児院で素質のある子供を見つけて跡継ぎとするべく引き取ったのだ。
その子供こそが私。離操刻夢の過去だ。



地下のプライベートルーム。
魔女ならではな陰湿な地下室をイメージするのは大きな間違いだ。
完全電化で縦横10m程の展示場クラスの部屋。それが私のプライベートルーム。
とは言え半分程のスペースは大量に飾られた指輪やネックレスのアクセサリーやアイテムの棚でびっしりと埋まっている。
これが私の時間を盗んだ成果。
一つ一つが様々な思いの詰まった時間の結晶。
喜怒哀楽の感情の結晶。


情けない話だが…私はこのコレクションを一日に一度は見ないと落ち着かないほど魅入られてしまっている。
だからこそ、弟子の頃からもう10年も続いているのだろう。





刻夢「宿題完了。…今日は少し鍛練してから盗みに行こうかしら…。他の時間泥棒の魔女と出合った場合…友好的か分からないし…」


プライベートルームの隣にはもう一つ同様に大きな地下室が有る。
鍛練場。
まさかと思うだろうが時間泥棒の魔女にも心得として戦闘訓練があった。
師匠の話では魔女という分類の時点で地獄や天界と縁を持つ者となるそうで、悪魔の誘いや天使の制裁に晒される場合が有るそうだ。
実際、私も何度か師匠が戦う姿を見た事が有るし…私自身も幾度かの戦闘を経験している。


刻夢「本気の命の遣り取りはまだ無いけど…喰らったら半年は入院させられそうな勢いが有るのよね…」


刻夢が得意とする武器は【剣】と【デスサイズ】、その二つに少し劣るが【弓】の扱いも心得がある。
デスサイズは狭い場所では扱えないのと目立つ事からあまり使えていないが一番得意な得物だ。
少し劣るが扱いやすい剣を主武装として扱う事にしている。
基本、これらの武器は全て鎧と共に宝玉に収めて携行していた。

緑色の宝玉。
これには戦闘発生時に使用する武器と鎧が収納されている。
言わばバトルフォームへの変身アイテムだ。




一通りの武器の型稽古をこなすと時間はもう20時になっていた。
この時間からが最も深夜までに何かを成そうと人々が意気込んで過ごす時間の幕開けだ。



刻夢「学生をしている以上、活動時間は大体これ位になるのよね…。子供は寝る時間だから基本、同年齢以上が対象か…偶には、小さな子供の夢の時間も盗みたいなぁ…」


離操刻夢は魔女としての礼装と教えられた黒基調のゴスロリ系の服を身に纏う。
子供の頃は何の疑問もなく着ていたし、今も似合っているので嫌いと言う訳では無かったが……


刻夢「師匠…この服装も本当に礼装だったのか…問い質したかったです…」


ふと師匠の意地悪な笑いを思い出して刻夢は苦笑する。
あの性格なら「冗談よ〜♪」と笑って言い出しそうな姿が頭に過ぎったからだ。

着替え終わればいつもの儀式、鏡に向かって自身の名を『私はリムだ!』と軽く暗示をかける。
ちょっとしたおまじない。いつもの自分から違った自分になる為にと師匠から教わった簡単な儀式。
私は今、時間泥棒の魔女、『時消の魔女リム』なのだ。
気持ちを切り替えた後、左腕に懐中時計付きのガントレット、【時間制御盾(タイム・シフト・シールド)】を装備する。
師匠から受け継いだ離操家の由緒ある時間操作魔法の補助礼装。
私の最高の相棒だ。


最後に用意するのはビー玉に魔法を付加させて作り出した『泡沫の幸夢(ほうまつのこうむ)』。盗んだ時間に応じて置いて行く魔女ならではの時間の御代だ。
楽しい時間を盗む代わりに楽しい夢を置いていく…考えて見れば結構矛盾しているのかも知れない。
幸夢のビー玉をポケットに7個ほど詰め込んでこれで、全ての準備が完了した。





時消の魔女は夜の街へと時間を盗みに飛翔する。
今日は………どんな時間が盗めるのだろうかと期待に胸を躍らせながら。


続く